【2回目のがんの経過観察日記】2019年8月14日~9月12日 自律神経失調症・うつ病について②

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2019年8月14日 離婚と仕事

時は流れて娘が高校3年生に、息子が高校1年生になる4月になりました。

私は相変わらず、自律神経失調症・うつ病が治らないままでいました。

微熱・動悸・息が詰まる・吐き気・頭痛・冷え・めまい・不安・不眠等から開放されていなかったのです。

病院も1ヶ月に1回通っていました。

薬は同じ、デパス・ドグマチールです。

 

ただ1つだけ大きく変わった事がありました。

3月の末に夫が1人で出て行ったのです。

そうです。私から離婚を申し出ました。

性格の不一致。病気に対する無理解。もう限界でした。

子どもたちも了解してくれました。

というか賛成してくれました。

2人とも私について来ると、自分の意思で言ってくれました。

母にも相談しました。

電話相談室でも相談しました。

結局自分の道を決めるのは自分しかいないんだと思い知りました。

 

4月始めに自分1人で離婚届を提出しました。

もう離婚したことに迷いはありません。

私の道を進もう。

 

4月になり私は8時~13時と20時~24時まで働くことになりました。

朝は新規オープンのコンビニ夜は新規オープンのスーパーのレジです。

こどもたちは奨学金制度を利用してくれました。

私は凄く不安でした。

果たして掛け持ちパートなんて出来るのだろうか。

でもやるしかない。

空いている時間に家事をやれば上手く回るはずです。

 

研修はどこも具合が悪くなること無くクリアできました。

いよいよオープンです。

※続きはまた次回の日記で・・・。

(注)私が勤めたコンビニはコンビニ自体、現在在りません。

   スーパーも在りません。

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2019年8月16日 コンビニオープンして

オープンの日、予想通りお客様で一杯になりました。

私の働くコンビニは直営店でした。

 

恐れていたことが起こりました。

フライドチキンの匂いがムカムカするのです。

急いでポケットに用意していたマスクをしました。

かなり匂いをシャットアウトしてくれます。

助かりました。

 

あと、人酔いしたのか目眩がし始めました。

バックルームで急いでデパスを追加して飲んだらどうにか治りました。

初日乗り切れたことで少しだけ自信がつきました。

 

1週間後、1人、2人・・・と辞めていきました。

若い子にとっては最低時給だし、忙しくてやってられない感じだったのでしょう。

私はそんなこと言ってられません。

絶対に辞めるわけにはいかないのです。

具合が悪いと思ったらすぐにデパスを飲んだりドグマチールを飲んだりして体調を整えました。

 

そうして1カ月過ぎた頃、スタッフはほとんど入れ替わっていました。

そんなある日店長が「発注」を教えてくれたのです。

発注といってもまずは消耗品からです。

例えばお箸の在庫を切らしたら大変なことになりますよね。

責任重大だと思いました。

なぜ私に発注の話をされたかと言うと、発注すると時給を上げられるからだそうです。

店長の気持ちが嬉しくて、私に出来るのか不安でしたが引き受けました。

 

その時は良かったのですが、家に帰ってから自律神経の調子が悪くなりました。

原因は自分でもわかっているのです。

ストレスからです。

「発注を失敗してはいけない」「私に本当に出来るのだろうか」

体が震えて過呼吸になりました。

畳の上で苦しみながら負けるもんかと思いました。

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年8月18日 売上げ日報

備品を発注し始めて1ヶ月過ぎた頃、ドライ(カップラーメン類)の発注を習いました。

時給が少し上がったので精神的に安心できました。

スタッフも安定して店がきちんと回り始めた頃、店長の事情で店長が辞める事になりました。

長い間良くしていただいたので凄く悲しくなりました。

私は不安でした。次の店長が変な人だったらどうしょう。

時給が下がったらどうしょう。

 

新しい店長が来ました。若い店長で今までの仕事の流れを180度変えられたのです。

反発して若いスタッフは辞めていきました。

私は従うしかないと思い居ました。

慣れてきたら本当は面白い人だと分かりました。

時給もそのままでした。下がることはありませんでした。

 

これならやっていける!!

 

ある日店長に呼ばれました。

「毎週◯曜日は店長会議だから、副店長と出かける。つばささん、○曜日は売上げ日報を作って銀行に入金してきてくれませんか?」と頼まれました。

私を信用してくれるのは嬉しいけど、店の売上高とか私に全てわかります。本当に良いの?

でもやるしかないので「はい」と返事しました。

 

そうです。また家に帰って、手が手が冷たくなり、肩が痛くなり頭痛がして、ムカムカしだしたのです。

ストレスからだと分かっています。

一生懸命、自分で自分に暗示をかけました。

元夫と別れられて今は、幸せで、言葉の暴力を受けることもないでしょう?

良かったじゃないの。

自立しよう!今が頑張る時だよ!

 

そうして段々と責任のある仕事を任せられていったのです。

※続きはまた次回の日記で・・・。

 

2019年8月20日 夜のパート

今回は夜のスーパーの仕事を書きます。

夜の8時から12時までのレジです

研修期間中は緊張して少しフラフラしました。

どうにか乗り越えられました。

でも毎回頭痛が酷かったです。

 

オープン4日前、近くのエリアへ「オープンのチラシ配りと挨拶」の仕事がありました。

2人1組で1件1件説明していかないといけないのです。

そうです。

やはり起こりました。

手が冷たくなり、肩が痛くなり、頭痛がしてムカムカする。

私の相手の子に悟らられないように、きつい体で冷や汗かきながら回りました。

はっきり言って苦しかったです。

 

やっとオープンです。

日が経つにつれて色々な事が分って来ました。

カゴの中に牛乳パックを立てている方はスキャンしたあとに立てていれる事。

横に倒している方はスキャンした後倒していれる事。

人には色々な拘りがあるのですね。

凄く小さな事に気を使いました。

 

レジに入ると冷や汗が出ていつもハンカチが必要でした。

夜中に運転して帰ると事故を起こさないか怖かったです。

帰宅すると「バタン・キュー」でした。

 

夜20時~24時のスタッフさんは皆良い人でした。

それで私は辞めずに続けることが出来たのです。

体調はいまいちでしたが・・。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

 

2019年8月22日 セミナーとパニック障害

またコンビニのパートの話しに戻ります。

ある日店長に呼ばれました。

「大阪でコンビニのセミナーがあるけど行きませんか?」

◎旅費交通費 店負担

◎勉強会ではなく見学会

◎1人だけ連れていける

という話でした。

 

私は迷いました。

16年ぶりに乗る飛行機が凄く怖かったのです。

でも「ためになるよ」と言われて参加することになりました。

 

当日一緒に行くはずだった店長の代わりに副店長と行くことになりました。

空港まで副店長の車で行きました。

副店長は若いので気を使わなくてよくて、内心安心しました。

 

熊本空港には各店舗のオーナー様と代表者が集まっていました。

鹿児島の店舗と合同で「団体」で飛行機に乗りました。

 

飛行機に乗る直前です。凄く緊張していました。

いつものように手が冷たくなり、肩が痛くなり、頭痛がして目眩がしてきました。

私はすぐに薬を飲みました。

飛行機に乗ったときに大丈夫なように精神科の先生から薬をもらっていました。

 

搭乗しました。

飛行機に乗れば閉ざされた世界です。

途中で降りたくても降りれません。

私は閉所恐怖症になっていたのです。

パニックを起こしたらどうしようとも思いました(パニック障害

「降ろしてくれ」と本当に叫びそうで自分自身が怖かったです。

20分位したら気分がボーッとしてきました。

落ち着いてきました。薬の効果でしょうか。

大阪までの1時間は凄く長く感じられました。

 

そして無事に大阪の伊丹空港に着くことができたのです。

そこからセミナー会場まで貸し切りバスで50分です。

私は空港のトイレでいつもの精神科の薬を飲みました。

バスの中でも「降ろして!!」とパニックになりそうで怖かったです。

どうにかバスの中という閉ざされた世界もクリアできました。

そうしてセミナー会場に無事に着いたのです。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

 

2019年8月24日 セミナーとパニック障害②

セミナー会場についたら自由行動になりました。

なんか安心しました。自分のペースで動けます。

団体行動だったら耐えられません。

集合時間と場所を決めて解散です。

私はすぐにトイレに行きました。

そしてまた薬を飲みました。

 

会場の中はコンビニの中みたいにレイアウトされてます。

わたしはまずサンドイッチやおにぎりコーナーに行きました。

新作が沢山並んでいます。

スタッフの方が新作の特徴とかを1つ1つ説明してくれます。

お惣菜コーナーにも新作がズラリ・・・。

チルド飲料やペットボトルももちろん新作です。

あと、商品の並べ方も教えていただきました。

 

これは新商品が把握できるし勉強になります。

1人で自由に行動できるので心が安定してなぜか気分が悪くなりませんでした。

良かったです。

雑貨や酒コーナー、タバコの新作などを見学したあとに、いよいよ試食コーナーです。

新作のおにぎり・サンドイッチ・シユークリーム・ジュースなどをいただきました。

皆さん同じメニューです。

すごく美味しかったです。

 

集合時間が近づいてくると、また始まりました。

帰りの貸し切りバスの中で「降ろしてくれ」と叫んだらどうしよう?

また考えただけで気分が先走り悪くなりました。

みんなが来る前に急いで薬を飲みました。

少し落ち着きました。

バスの中もどうにかクリアでき、伊丹空港に着きました。

 

搭乗時間までお土産を買うタイムです。

私は頭痛がしてムカムカしてそれどころではありませんでした。

1番近くの店で手当たりしだいにお土産を買うと椅子を探して座っていました。

 

帰りの飛行機の中でも薬を飲んだのでムカムカは良くなりましたが辛かったです。

また「降ろしてくれ」と叫びそうな妄想に駆られました。

そしてどうにか熊本空港に着きました。

副店長に送ってもらい長い1日が終わりました。

 

もう、2度とはセミナーには行きたくないです。

凄く勉強になりましたが、閉じ込められた空間閉所恐怖症が駄目なことがよく分かりました。

自律神経失調症・うつ・閉所恐怖症・軽いパニック障害があることが分かり凹みました。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年8月25日 転機(コンビニ経営)

私がコンビニとスーパーに勤めて5年の月日が流れました。

そんなある日スーパーが閉店することになったのです。

私は困りました。

次の仕事を見つけなければ・・・。

 

そんなときです。コンビニの店長に呼ばれました。

「大事な話があります。娘さんと一緒にファミレスで本部の人と会えませんか」

その頃娘も私と同じコンビニで働いていました。

私とは時間帯が違ったのですが大事な仕事を任されていました。

 

私は、娘と一緒に約束の日に行きました。

コンビニの上層部の方が1人で来られました。

何の話だろう?

「今◯◯店のオーナーが病気で復帰できません。次のオーナーをつばささん親子でやってくれませんか」

という話でした。

私は「なぜ私達に」と聞きました。

「信用があるからです」が答えでした。

 

即答はできないので、2~3日待ってもらうことにしました。

私は家に帰りすぐに検索しました。

どのサイトにもコンビニオーナーは過酷・するものではないとのことが出てました。

どうしょう・・。

◎総額380万円の支度金。

◎保証人

どう考えてもお金も保証人も無理です。

娘に聞きました。

「どうしたい?」

私はお母さんに従うよとの返事。

 

私は追い込まれて行きました。

コンビニをすれば仕事の掛け持ちをしなくてすみます。

家からも近いです。

でも実際は無理です。

金も金策できなかったし、兄弟にも保証人断わられました。

断るしかありません。

 

3日間悩んだせいで、しばらく具合が良かったのがまた悪くなりました。

将来が不安で震えが来るのです。しっかりしなくては・・。

そうして私達は断りに行くことにしました。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年8月27日 決断

「すみません。折角のよいお話ですが、まず保証人が誰もいません

と話を切り出しました。

すると、意外な返答が返ってきたのです。

「つばささん親子は信用してるから保証人はいなくていいですよ」

 

「ありがとうございます。でも380万円も用意できません」と答えました。

50万円でも無理ですか?」と言われました。

「レジや金庫で使う釣り銭や、その他諸々で50万円で大丈夫です」

 

私達は迷いました。

50万円なら集めればどうにかなります。

断るつもりが譲歩してくださったのです。

 

「今日中にお返事します」

その足で私達はオーナーになるかもしれないコンビニを見に行きました。

勿論お客様のふりをして・・・。どんなお店なのかを知るために。

 

残念ながら「いらっしゃいませ」もない、棚はホコリだらけ、カウンターフーズの掛け声もない店でした。

点数をつけるなら40点レベルの店でした。

この店を立て直すのは時間がかかるなと内心思いました。

 

2人で夕方までとことん話し合いました。

それでコンビニをやることにしたのです。

息子も一応賛成してくれました。

 

夕方「お願いします」の電話をしました。

不思議と気分は悪くなりませんでした。

気持ちが張っていたせいかもしれません。

 

次の日、いつものように朝のパートに8時から出勤しました。店長に呼ばれました。

「オーナーになる前に大阪で研修があります。お金は会社から出るので2人で参加してきてください」

◎1週間研修。

◎毎日テストあり(90点以下は不合格)

◎テストの結果は店長に毎日報告します。

◎全部合格しないと帰れません。その場合は追加の分は自費。

◎飛行機とホテルは用意します。

とのことでした。

 

娘は若いから良いけど、私は頭良くないしテスト大丈夫だろうか?

また飛行機に乗らなくてはならない。気分が悪くならないかな。大丈夫だろうか?

 

どんなに心配してももう道は決めたのです。

そうして私たちは大阪の研修に行くことになったのです。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

 

2019年8月29日 大阪研修へ

私には大阪研修に行く前にすることがありました。

「心の相談室」=精神科の先生が定年で、車で一時間かかる違う病院で働いていらっしゃいました。

一時間かけてH先生に薬をいただきに行きました。

自律神経失調症・うつ・閉所恐怖症・パニック障害を私はもっています。

ですから全てに効く薬を処方して頂きました。

 

いよいよ大阪行きの日が来ました。

車を運転して空港へ。

搭乗口前で薬を飲み心を落ち着かせました。

飛行機に乗っても大丈夫・・。

娘が横に座っているじゃない!大丈夫!

少し嫌な汗をかきましたが、どうにか大阪に着きました。

 

ホテルは駅の前にありました。

ホテルから研修会場まで駅から20分かかります。

明日から1週間、研修+テストを受けて合格しないと帰れないのです。

その日は緊張してあまり寝れませんでした。

 

研修初日です。行く前に頂いた薬を飲みました。

大丈夫。気分は悪くならないよと何度も自分に言い聞かせました。

無事に会場に着きました。

薬のおかげで本当に気分が悪くならずに済みました。

なんだかホッとしました。

 

ドアを開けると、長テーブルと椅子。

レジも5台設置してあります。

9時~17時まで勉強とレジ実技です。

 

10組のオーナー候補生が各地から集まりました。

自己紹介したあと、いよいよ始まりました。

もうあとには引けません。

 

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年8月31日 研修スタート

研修が始まり午前中は学科でした。

分厚いテキストを配られました。

今からこれを勉強するのです。

なんだか気が遠くなりました。

 

テキストを開いて文字を見ていたら、頭がくらくらしだしました。

頭痛がして息が苦しくなりました。

まずいと思い、先生がホワイトボードに文字を書いているすきに薬をサッと飲みました。

45分くらい我慢したら気分が落ち着きました。

隣に座っている娘に言うと心配かけるので言いませんでした。

 

休憩時間、急にお腹が痛くなり下痢をしました。

 

午後は実技です。

レジ操作は店でいつもやっているので安心してました。

ところが知らない操作がまだまだ沢山あったのです。

内心慌てました。

私は考えが甘かったです。

 

急に手が冷たくなり肩が痛くなり胃が少しムカムカしだしました。

そう、お決まりのいつもの自律神経失調症の症状です。

休憩時間に薬を飲みました。

汚い字でメモを取り、こうして1日目は終わりました。

 

私は今日何回薬に頼ったのか・・・。

後悔しました。

オーナーになろうと思ったことではなく、研修を無理して受けてることです。

でも後戻りはできません。

 

ホテルに帰ったらテスト勉強をしました。

娘はテレビを見てましたが、私は暗記力がないので必死です。

明日90点以上取らないとまずいです。

プレッシャーがかかります。

1時間半暗記してやっと眠りにつきました。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年9月2日 研修終了

朝起きて、最初に思いました。

今日も大丈夫かな?

気分悪くならないかな?

 

ホテルの朝食はバイキング形式でした。

あまり食欲がないので私は良かったと思いました。

好きな分量を食べれるからです。

食べながら頭の中はテストのことでいっぱいでした。

 

薬をきちんと飲み研修会場に着きました。

9時一番にテストがありました。

30分で問題を解いて、その後答え合わせがありました。

100点・・。

クリアできました。

やはりきちんと勉強してないと、とても解けない問題でした。

全員満点でした。

うかうかしていると自分だけ取り残されると本気で思いました。

しっかりしなくては・・。

気分が悪くなっている場合ではない!

 

2日目も、午前中は学科・午後はレジ研修でした。

私はまた途中で気分が悪くなり、結局薬に3回頼りました。

 

その繰り返しで最終日がやってきました。

私も娘もテストはどうにか全て合格していました。

今日は実際のオフィス街の店舗でレジ・接客・清掃・売上金の処理の仕方の実践です。

皆ライバルです。

うかうかしてられません。

私も娘もテキパキと動き、お客様には笑顔で接しました。

一瞬たりとも気が抜けなくて、具合が悪くなる暇さえありませんでした。

薬だけはきちんと飲んでいました。

 

そうして研修会場に戻り、結果発表がありました。

ドキドキしました。

1人を除いて、あとは皆合格でした。

私も娘も「経営資格」を得たのです。

 

その足でホテルに帰り空港へ。

時刻は16時です。

搭乗時間まで時間がありました。

働いているコンビニの仲間にお土産を買いに行きました。

 

その時です。疲れと安心が一度に来ました。

また急に手が冷たくなり、肩が痛くなり、頭痛がして、ムカムカしだしたのです。

薬を急いで飲みました。

娘に言えば心配かけます。

苦しいのを我慢して買い物をしていたら30分位で治まってきました。

 

搭乗しました。

飛行機の中で見た赤く染まった空はとても綺麗でした。

 

熊本空港に到着しました。

外は真っ暗です。

娘が車を運転して自宅へ。

明日は通常通り、コンビニのパートのシフトに入っています。

オーナーになりコンビニを引き継ぐ日が決まるまでは普通の毎日です。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

 

2019年9月4日 2週間後にオーナーに

翌日出勤したら、皆から「おめでとうございます」と祝福されました。

そして数日後に店長から「2週間後にオーナー引き継ぎをしてください」と言われたのです。

 

2週間の間私の心は揺れ動きました。

本当にこの選択肢で良かったのか。

ずっとパートで働くべきではなかったのか。

私にオーナーなんて務まるのか。

スタツフの人達と仲よくやっていけるか・・・・。

考えだしたらきりがありません。

 

そうして心が悪い方向に向かっていきました。

それに伴い、2週間の間、

だるさ・めまい・不眠・イライラ・不安感・落ち込み・憂鬱になる・・が私を襲ったのです。

定番の、手が冷たくなり・肩が痛くなり・頭痛がして・ムカムカする・のにはほとんど毎日苦しめられました。

 

契約書もお互いに交わしました。

もう後には戻れません。

380万円という借金を背負ってスタートです。

 

最後の勤務日、皆からお別れの花束と寄せ書きの色紙を戴きました。

凄く嬉しかったです。

 

こうして、明日から自律神経失調症を抱えたままオーナーになります。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年9月6日 オーナー(店長)1日目

いよいよ今日から私はオーナー(店長)です。

自律神経失調症は治っていません)

ザクッとお話しします。

 

朝7時に娘と出勤しました。

(家を出る前にドグマチールとデパスを飲みました)

私達の店の担当になるSV(スーパーバイザー)と初めて会いました。

優しそうな人で安心しました。

金庫の釣り銭の確認

公衆電話のお金の回収

タバコ自販機のお金の回収

レジの中のお金の確認

等をしました。

 

それからお店の中の説明です。

防犯カメラの設置箇所・備品の在庫の置き場所・ペットボトルの在庫・お菓子や雑貨の在庫など

全ての説明を受けました。

 

お昼の休憩です。また、デパスとドグマチールを飲みました。

すごく疲れました。まだ半日しか過ぎてないのに・・・。

 

昼からは面接です。娘と一緒にします。

名称は、私が店長で娘が副店長です。

今日休みのスタッフさんにもわざわざ来てもらい面接しました。

1人10分くらいです。

初めて面接する立場になり緊張でくらくらしました。

途中で、ソラナックスを飲んだら落ち着きました。

 

(SVの話によると、オーナーが変わると結局ほとんどのスタッフが辞めるそうです。

だから、そのつもりでいたほうが良いとの事でした)

 

今日の面接では辞めたい人は1ヶ月前に伝えるように告げました。

そうして一日目が終わったのです。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年9月8日 スタッフの入れ替わり

前のオーナーと私とでは、ワークスケジュールに対する考え方が違っていました。

朝のスタッフさんがレジばかりいて、何もしないのです。

尋ねてみたら「レジを守っとけば良いと言われていた」とのこと。

私は 頭がクラクラしました。

すること沢山あるでしょ!

 

◎商品の補充・前出し・面出し

◎床掃除

◎窓・ドア・棚掃除

◎カウンターフーズの声掛け

◎備品補充

 

最低限でもしなくてはいけない事なのに・・・。

これではこの店は駄目だと思いました。

私は、朝・昼・夕・夜勤務に分けて、それぞれのワークスケジュール表を作りました。

そしてそれを実践するように指示したのです。

 

それが反感を買う事になりました。

今まで楽していたのが急に忙しくなったので皆、嫌だったのでしょう。

それでも棚掃除をしないので見かねた私は自分で少しずつしました。

そうして1ヶ月後にはスタッフが辞めて、総入れ替えになっていたのです。

 

求人が大変でした。

勿論、掲載は有料です。

面接では少しでも真面目そうな人を採用しました。

 

そうして本当の意味での新しいスタートがきられたのでした。

 

この1ヶ月の間わたしは鬱になりそうでした。

もう逃げ出したい・遠くへ行きたい・叫びたい・・。

楽しくない・帰ったら何もしたくない・・・。

そうしてすべてのことが自分のやり方が悪いせいだと落ち込んだのです。

自律神経失調症の薬も1日4回に増えていました。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年9月10日 発注

新しく入ったスタッフさんの中の1人は娘の先輩でした。

あと1人は、私の夜のスーパー時代の友達です。

2人は信頼できました。

 

発注を毎日しなければならないのですが品数が沢山あるのです。

娘と分担しあってしていましたが、質の良い発注は出来ていませんでした。

売上金を清算して本部に送ったり、銀行に両替に行ったり毎日やることは山積みです。

発注だけに時間をそんなにかけていられないのです。

 

そこでまずは信頼している上の2人に発注を教えることにしました。

◎米飯

◎惣菜

◎デイリー

◎パン

◎雑貨

◎お菓子

◎ドライ(ラーメン類)

◎ペットボトル・酒

◎消耗品

◎フローズン

ざっと言ってこのくらいあります。

 

アイテムの多い雑貨とお菓子を2人に任せることにしました。

これで負担がぐっと軽くなります。

その代わりに時給は上げてあげました。

 

こうして少しずつ私と娘の負担を軽くしていくことにしたのです。

私もこれで少しは笑えるようになりました。

家に帰ってから何もしたくなかったのが、掃除もできるようになってきました。

落ち込むことも減りました。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年9月12日 頼もしい助っ人

コンビニ経営の一番辛いのは何と思いますか?

私にとってはスタッフの入れ替わりでした(急に辞める)

 

することや覚えることは沢山あるのに時給が最低賃金です。

中には因縁つけてくるお客様もいます。

スタッフさんが辞めたくなるのも理解出来ます。

 

私の店も例外ではなく、せっかく採用したのに数人ぶっちぎりされました。

シフトが回りません。

娘や私も元々シフトに入っているので、これ以上入るのは無理です。

すぐに求人雜誌で募集しましたがそう簡単には来てくれません。

 

私は無理して15時間働きました。

娘もギリギリまで働いてくれました。

私の自律神経失調症はますますひどくなりました。

薬を1日3回から又4回に増やされました。

 

そんな私達を見兼ねた息子が言ってくれたのです。

「手伝うよ。少しは楽になれると思うよ」

私は息子に感謝しました。

娘がシフト作り担当なのでどうにか回るように考えてもらいました。

 

そうやって人材不足を、採用してはぶっちぎりを繰り返しながらどうにか乗り切っていったのです。

発注は息子にも教えて5人ですることになりました。

かなり楽になりました。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

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