2019年7月30日~8月12日 自律神経失調症・うつ病について①

③白内障手術と自律神経失調症

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2019年7月30日 自律神経失調症・うつ病の始まり

 

私の自律神経失調症の始まりは、

⑤日記 2019年6月28日付けで綴ったとおりです。

それから私は、

微熱・動悸・息が詰まる・吐き気・頭痛・冷え・めまい・不安・不眠等と闘うことになります

最初は微熱と吐き気等の原因が分からずに、個人病院の内科を転々としました。

 

どこの先生も「風邪薬」や「胃の薬」「下熱剤」などを処方されました。

私は3日分の薬を飲んでも効かず、また次の病院に行くことを繰り返しました。

勿論元夫には内緒です。

元夫は病気1つしない頑丈な人で風邪をひいても自力で治すのです。

本当の事を言えば「お前が産後に実家に帰らなかったからたい」と口論になることが分かっています。

だからなるべく具合が悪くないふりをするしかありませんでした。

段々と身体が消耗していくのが自分でも分かりました。

 

ある内科では胃カメラをとられました。

結果は引っかき傷で赤くなって、炎症を起こしていました。

薬をいただきました。今度こそ治ると思いました。

でも吐き気は全然良くならないのです。

ついにアパートの階段を1段降りるだけで吐きそうになりました。

 

26歳の私には、2歳と0歳の子供がいて、何処に行くにも二人を一緒に連れて行かなければなりませんでした。

誰もみてくれる人がいなかったのです。話せる人もいなかったのです。

それはもう大変でした。

ペーパードライバーの私は車を運転出来ずバス移動が主だったのです。

タクシーを使う事は、貧乏だったのでなかなか出来ませんでした。

 

ついに私は寝転んでしか2歳の娘と遊んでやれなくなりました。

こんなに苦しいなら死んでしまいたいとさえ思うようになりました。

38度の熱も度々出ました。

ですから0歳の息子には母乳育児が出来ませんでした。

粉ミルクを飲ませました。

 

元夫の実家まで車で1時間。そんな状態で私には子供の顔を見せに行くのは無理でした。

娘が元夫の母と父になついて無くてぎゃん鳴きするのです。

とうとう具合が悪いのが知れると「つばささんには悪霊がついている。除霊しに来い」と言われました。

そしてむりやり阿蘇の名前も知らない神社で除霊をうけたのです。

39度熱があったのに、そこまで行くのは私にとって地獄でした。

良くなる訳もなく、私には本当に悪霊がついているのかと思い始めました。また死にたくなりました。

 

最後にたどり着いたのがK総合病院の内科でした。

F 先生との出会いです。すごく待たされました。

2歳の娘もじっと座っていません。

やっと呼ばれました。

先生は私の話を黙って聞いてくれました。そして言われた病名が「自律神経失調症」だったのです。

はじめて手にした薬はドグマチールのカプセルでした。

今の時代なら検索したらすぐにわかるけれども、それが出来ませんでした。

ドグマチールは胃と鬱に効果のある薬です。

F先生は優しさから「鬱」のことには触れられなかったんだと思います。

 

2日飲んだらどうでしょう?

嘘みたいに上記の苦しみが消えたのです。

吐き気も、熱も下がりました。

しかし、飲み忘れると途端に具合が悪くなります。

私は1ヶ月も飲めば薬とさよなら出来ると思っていました。

しかし一生、絶対に離すことのできない薬になってしまったのです。

続きはまた次回の日記で・・・。

 

 

2019年8月1日 アパートのお祓い

 

K総合病院でドグマチールを頂き、飲み始めて1ヶ月過ぎた頃のことです。

同じアパートの奥さんと少しだけ話す機会がありました。

私の前の前に住んでいた若い奥さんが私の家の中で亡くなっていたのです。

もともと心臓が弱くて3人目無理して産んでから少しして(旦那さんとも不仲で)夜中に独りで亡くなっていたそうです。

その方が可哀想と思うと同時に、元夫の母に「つばささんには悪霊がついている」と言われていた私は家の中にいるのが何だか怖くなりました。

昼間は良いのですが夜になると怖いのです。

スリガラス戸の向こうに人がいる気配がするのです。

特に一番北側の部屋はなんとなく嫌いで一切近寄りませんでした。

元夫は夜8時半くらいにしか帰って来ません。

段々と本当に亡くなった奥さんの霊が部屋にいるような気がしてきました。

 

精神的に追い込まれた私は電話をしてK神社の神主さんに家にきて戴きました。

お祓いをしてもらうためです。

世帯主もいたほうが良いと言われたので、元夫にも仕方なく理由を話して渋々了解を得ました。

 

神主さんが来られて部屋の中に祭壇を作られていた時のことです。

この部屋、前もお祓いに来たことがある」と言われたのです。

どうも私の前の住人の方がお祓いをされたみたいです。

 

私は霊とか信じません。でも今回ばかりはこの家にいたくありませんでした。

前の住人の方も何か嫌なものを、きっと感じたんだ!

 

私は元夫に内緒で家を探し始めました。

まだ体調が悪いのでかなり無理しました。

子供2人連れてだから大変でした。

その頃には、夜になると背筋が寒くなるし頭痛がするしムカムカするし、ドグマチールが完全には効かなくなっていました。

 

アパートが1ヶ月後にやっと見つかり元夫をむりやり説得して近所に引っ越しました。

なんか、家を離れたら「霊」も離れてくれた気がして心が軽くなりました。

でもやはり自律神経失調症は色々あったせいでひどくなっているのを感じました。

 

隣の家に子供と3人で挨拶にいった時に、S総合病院に「心の相談室」=「精神科」が有る事を知りました。

精神科との初めての出会いです。

それで、私は元夫には内緒で「心の相談室」に行ってみることにしたのです。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年8月3日 「心の相談室」に行きました

 

元夫が仕事に行きました。

私は急いで病院へ行く用意をしました。

 

S総合病院はバスと電車を乗り継いで行かなければなりませんでした。

「お祓い騒動」と「引っ越し」で私の心と体とはくたくたでした。

2歳の娘と0歳の息子を一人で連れて行くのは実際に無理でした。

私は、手術してから退院して、やっと調子が良くなってきた母を、初めて頼りました。

 

バスを降りた所で合流。母と4人で電車に乗りました。

降りてから歩いて10分かかります。

息子は母が抱っこしてくれました。

娘の手を引きながら私は、辛かった気持ちを母に話しました。

母はうなずいて聞いてくれました。

私は涙がこぼれそうになるのを我慢しました。

 

総合病院に着きました。

受付を済ませました。

2階の隅に診察室はありました。

 

たくさんの方が待っていました。

私が思っていたのと違い、皆さん静かに座ってました。

「心の相談室」と言っても「精神科」です。

わめいている人がいると私は想像していたのです。

 

2時間待ちました。初診だから仕方ありません。

待っている間に看護師さんに別室で病状を聞かれました。

やっと呼ばれました。

中には優しそうな小柄の先生が座っていました。

これが私がずっとこれからお世話になるH 先生との出会いです。

母にも聞いてもらいたかったので4人で入りました。

 

私は堰を切ったように先生に話し続けました。

息子を出産してから今までの出来事を話しました。

涙がこぼれました。

N 総合病院からもらって飲んでいるドグマチールの話もしました。

 

私の病名は自律神経失調症と鬱病でした。

薬を取りあえず2週間分出されました。

これで調子を見てくださいとのことでした。

薬は

ドグマチールの粉薬

デパス

の2種類です。

 

凄く疲れました。

「私は鬱病なんだ・・・」

でも、絶望感とかはありませんでした。

具合悪い本当の原因が分かりホッとしました。

 

帰りは母がタクシー代をそっと渡してくれました。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年8月4日 うつ病と本当のことは言えない

私はタクシーで家に帰り着くと2人の子供を寝かしつけました。

そして、薬について書いてある説明を読みました。

ドグマチール細粒

脳内の伝達物質に作用することにより、抗うつ気分、不安、緊張、興奮を沈め、精神状態を安定化します。通常うつ病・うつ状態の治療や精神状態の安定化に用いられます。

デパス

不安や緊張を和らげます。また筋肉の緊張をとる作用があります。

うつ病・心身症の改善に用いられます。

 

みたいなことが書いてありました。

 

2~3日飲むと具合が悪かったのが少しは良くなってきました。

 

元夫にはS総合病院の「内科」に通うことにしたと嘘を話しました。

病名は「自律神経失調症」とを言いました。

もし私が「心の相談室=精神科」に行って、「うつ病」だと本当のことを話したら、大喧嘩になっていたでしょう。

私の心配より世間体が大事な人なのです。

その嘘で波風立てずに暮らしていけるならそちらがいいと思ったのです。

 

どうせ元夫は病院について来てはくれません。

だからバレることもないのです。

勿論、薬袋と薬の説明書は分からないように捨てました。

薬だけポーチにいれておきました。

私が健康だと優しくて、病気だと冷たくなると分かっていましたから・・・。

元夫の前では普通にしてました。

本当はきつかった・・。

苦しかった・・。

元夫に全部話して、本当はわかって理解してほしかったのです。

しかし私のことを理解してくれるのはH先生だけでした。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年8月6日 人混みに行けない

S総合病院のH先生から薬を頂いて2週間が過ぎました。

その間に病状はかなり良くなりました。

 

しかし、心配なことがありました。

スーパーとか人混みの中に行くと、

○めまいがする

◯両手が急に冷たくなる

◯肩が痛くなる

◯吐き気がする

↑の順番で具合が悪くなるのです。

しっかり立っていないと倒れそうなのです。

 

私は独りで2人の子供を買い物に連れては行けないと判断しました。

母に頼み元夫が仕事でいない昼間だけ、母に来てもらったのです。

買い物に娘を連れて行ったり、近くの公園に遊びに行ったりしてくれました。

私の行き届かない掃除もしてくれました。

本当に感謝でした。

 

薬がなくなったのでS総合病院に行きました。

バスを降りた所で母と合流です。

電車に乗り歩いて10分で「心の相談室」に着きました。

 

先生に人混みの中で具合悪くなる事と、母に世話になっている事を話しました。

そして夫に本当のことを言えないことも全て話しました。

先生は、私の目を見ること無く、話を黙って聞いてくれました。

 

ドグマチールの粉の量を少し増やしましょう。人混みは行けないなら無理に行かなくていいから。もし行く気になったら1分から始めて、最終的に人混みに居れるようにしましょう。焦らない事が大切。そのことを旦那さんに話したら怒るなら言わなくていいよ。具合が悪くなるだけだからね。次は1ヶ月後に来てください」と言われました。

 

帰りの電車の中で母が、

「土曜・日曜日の買い物は行かなくて良いように、お母さんがしておくから大丈夫」と言ってくれました。

そしてまたタクシー代をくれたのです。

 

元夫は昔からパチンコが大好きでした。

私は日曜日になると「買い物は済ませてるから、パチンコに朝から行ってきても良いよ」と快く送り出しました。どうせ夕方まで帰ってきません。

 

そして公園だけは必死で2人を連れて行ったのです。

2歳の長女は歩かせて、0歳の次男は乳母車で連れていきました。

でないと長女が閉じ込めていたら可愛そうです。

 

平日の昼間に母が来てくれているときに、私は少しずつスーパーに行く練習をしました。

4週間後、やっと行けるようになったのです。

凄く嬉しかったです。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年8月8日 独りで涙する

めまいを克服し人混みに行けるようになっても、まだ出来ないことがありました

元夫の実家から「子供達を見たい」と言われ仕方がないので行くことにしました。

私はいつも体温計を持っていました。微熱が続いていたからです。

 

その日も車に乗る前にばれないように測ったら38度ありました。

自律神経失調症のせいだと分かっていました。

凄くだるくてきついのです。

そして心も行きたくなくて辛くて苦しい。

でも元夫には我慢して黙っていました。

 

1時間20分後着きました。

娘が「降りない!」とギャーギャー泣くのです。

私は気分が悪い体で娘を抱っこすると家の中に入りました。

帰るまで1度も私から離れませんでした。

ですから嫁らしくご飯のおかずを作ることも出来ませんでした。

帰りに義理母に「つばささんが◯◯をアパートに閉じ込めて遊びに連れて行かないから、人見知りするたい」と冷たく言われました。

 

それは違います。私の実母には20分でなつきました。

私は具合が悪いけど、平日は公園や小学校やスーパーに母が連れていってくれてます。

最近では私も気分の良いときは一緒に行けるようになりました。

だから閉じ込めたりしてません。

分かってはいましたが元夫は私をかばってはくれませんでした。

 

夜、帰り着いたら熱が39度ありました。

でも平気なふりで家事をこなし、子供達を寝かしつけました。

元夫はとっくに寝てました。

やっと布団に横になれた私は独り泣いたのです。

 

死にたいと思いました。でも子供達がいます。

夫とは別れて、子供は私が育てようとも思いました。

しかし30年位前には今のように福祉制度は優しくなかったのです。

 

こんな偽装生活していて体も心も良くなるわけはなく、

微熱・睡眠障害・疲労感・倦怠感・息ぐるしさ・食欲不振・頭痛・時々吐き気がずっと私について回ったのです。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年8月10日 聞くだけで自律神経が整うCDブック

今日は前回の続きではなく、癌になってから知った本について書きます。

聞くだけで自律神経が整うCDブック

についてです。

 

もし現在、自律神経失調症で悩んでいる方がいらしたら、ぜひ本屋で立ち読みしてほしいと思います。

私は人に勧められてネットで購入しました。

 

CDは「縁」から始まって「ぬくもり」のイメージの曲が入っています。

私は心が鬱になったときに聞いています。

心が安定するから不思議です。

私が買った時点で60万部突破したそうです。

良い商品なので、早く紹介したくて、日記をお休みして先にお知らせしました。

↓こちらの商品です。

2019年8月10日 保育園入園と体調

2年の月日が流れ、娘は4歳に息子2歳になっていました。

私は相変わらずS総合病院の「心の相談室」に嘘をついて通っていました。

1ヶ月に1回のペースです。

薬は同じで、ドグマチールとデパスでした。

3月のことでした。

2歳児検診で、息子が言葉が遅いので早く保育園に入れたほうが良いと言われたのです。

 

私は2年保育で体育系か音楽系の幼稚園にいれるつもりでいました。

だから予定が大幅に狂いました。

近くの保育園に4月から娘は2年間・息子は4年間通うことになったのです。

 

そうです。困ったことになりました。

私は働かなくてはならなくなったのです。

仕事を必死で探しました。

そして大学の清掃に就いたのです。

 

4月になり2人を前に息子・後ろに娘を乗せて自転車で保育園に通いました。

送り届けたら2人とも泣きましたが後ろ髪惹かれる思いで、急いで大学に向かいました。

自転車で25分かかりました。

体も心も弱っている私にとって残酷でした。

大学は2階担当でした。廊下とトイレと渡り廊下を主にピカピカに磨くのです。

大学の周りの落ち葉もはわくのです。

 

7月のことでした。朝から気分が悪くてたまりません。

我慢して行きました。

足首の少し上までの深さの水がためてある広い敷地があり、今日はそこのデッキブラシ掃除でした。

まずい、数年ぶりに目眩がおそい、頭痛がして吐き気がしました。

私は座り込みました。そして主任さんに話して早退したのです。

 

家に帰ってからも治りませんでした。

子供達はタクシーで迎えに行くしかありませんでした。

私は病院のH先生に電話で相談しました。

そして仕事を辞めたのです。

病院で診断書を書いてもらい提出したら働かなくてもOKでした。

 

1ヶ月間は母に元夫が仕事に行った後に来てもらいました。

4人で保育園に、行きも帰りも歩いていきました。

どうにか歩いていけない距離ではなかったのです。

娘の手は私がつなぎ、息子は母がおんぶしてくれました。

めまいはしたのですが気力で歩きました。

母は買い物も一緒に行ってくれました。

1ヶ月過ぎた頃めまいは治りました。

母にお礼を言いました。感謝です。

自転車で送り迎え出来るようになりました。

 

※続きはまた次回の日記で・・・。

2019年8月12日 万代恒夫牧師の祈り

私の子供達が通っている保育園はキリスト教系でした。

10月位のことです(確実には覚えていません)

園長先生に呼ばれました。

「◯◯くんは言葉が遅いから心配ですね。万代恒夫牧師が福岡に来られます。私の知り合いだから祈ってもらいませんか?助からない小児ガンを治された実力のある方です。」

という話でした。

 

私は迷いました。私は高校がカトリック系だったので違和感はありません。

元夫は以外にも「好きなようにすれば」と言いました。

私は2時間半かかる福岡のホテルまで行ける自信がありませんでした。

でも子供のためです。

 

その日がやってきました。

薬を多めに飲み車に乗りました。

万代先生は空いた僅かな時間で息子を抱き上げるとお祈りしてくださいました。

家に帰り着いたのは夜中でした。

娘も息子もみんなくたびれて寝ました。

 

次の日の夕方のお迎えの時間のことです。

担任の先生に息子が話したよと言われたのです。

私は耳を疑いました。

 

現在考えても、たまたまなのか、奇跡なのかわかりません。

でも無理して行って本当に良かったと思っています。

車の中で、微熱はあるしムカムカしました。

元夫に気付かれないように我慢した甲斐がありました。

 

そして現在は亡き、万代恒夫牧師に心から感謝しています。

※続きはまた次回の日記で・・・。

コメント

  1. […] 商品を紹介した時の日記はこちらになります。 […]

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